『21gのモノローグ』2.Episode of Isabella

2022年9月9日

【流浪】

崖の上
気づいたら崖の上にいた
そこに空間が歪んだような穴が空いている
ここまでの記憶がないようだ
全く何も記憶がない

歳は26、それはわかるのだが
でも、どうやってここまで生きてきたか
自分の名前すらもわからない
ずっと彷徨ってきたような気もする
ずっと孤独だったような気もする
私は何者だ

私は目の前の穴に飛び込むことにした
何でだろう、それもわからないが
自分について何かわかるなら
それをやらないといけないような気がしたんだ

【試練の時】

穴の先は、ひどい風雨だった
辺りは草原
あっという間にずぶ濡れになって不快だが
目に飛び込んだものがあった

明らかに人間ではないような女と
それに怯えて腰を抜かしている男性
女は高笑いし、骨の無いような腕を伸ばした
それは刃物のような形に変わり
男性は、もはやここまでか、といった表情



「おい!」と私は声をあげた
化け物が私に気づいたようだ
そいつはさらに高笑いし
もう一つの穴の前に立ち塞がり
「カモが増えた」と喜んでいる

その化け物は一瞬で女から蒸発するように影となり
女を木の幹に突き飛ばして
また形を成した

それは、私の姿をしていた
何が起こっているんだ?
私とそっくりな姿をしたそいつは
薙刀を持ってこちらに笑いかけていた

恐怖した
正直、恐怖した
肌で感じるほどの恐怖感というか
でも、ふざけんなと思った

なるほどね
化け物があの女性に憑依か何かして
さらにあの男性を脅かし
あぁ、おそらくそんなことだね

「お前さ
お前みたいなやつ、気に食わないんだよね
邪魔なんだけど
そういう、心を弄ぶやつ、ほんと嫌い」

もう一人の私に言う
彼らを助けてやる義理もないが
とにかく、あの意味不明な化け物が気に食わない
自分じゃない自分の姿をしたあいつが気に食わない
風雨で近くに飛ばされてきた木の枝を掴んだ

【閃光の記憶】

向こうは刃物
こちらはただの木の枝

距離を取り
鉈を避けるたびに空気から悲鳴が聞こえる

隙を見計らって木の枝で殴りつけた
少しひるんだ隙も見逃さずに殴りつけた
木が折れた
また一つ枝を拾った
木が折れた
また一つ枝を拾った

攻撃すればするほど
頭の中に絡みつく

自分の中の攻撃性とか
今までもこんな風に
穴から穴へと旅をしては
誰とも馴染めずにここまで来たこととか
人を恨んだこととか
自分を恨んだこととか
それらでずぶ濡れだ

息が上がる
誤魔化すように睨みつける
「あれ」は私の中の、嫌いな私
怖い私

一瞬そんなことを考えてしまった
もう一人の自分が笑った
目の前には、振り下ろされてきた鉈

【応急処置、同居】

瞬時に避けながらも
カウンターとしてのひと突きを顎に入れた

もう一人の自分は影となり消えた
同時に痛みが走った

膝をついたら血だまりができた

恐怖に満ちた顔の男性が駆け寄ってきた






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目を覚ますとベッドに寝かされていた
ミイラの如く包帯だらけ
近くには男女

あぁ、なんか、助けられた感じか
二人が声を上げる
左耳が聞こえない


それから二人にいろいろな話を聞いた
名前や、この場所のことや
あの化け物のこと

にわかには信じられないことばかり
そしてどうやら私は
左耳を切られ、失ったようだ
左肩も負傷したらしい

そして大切な真実は
クロマトと、リリー
二人に助けられたこと
クロマトに関しては仮名とする

リリーもあの後、
打撲はあったものの無事だったようだ

私はイザベラ

女性同士ということで、
私が動けるようになるまでの世話はリリーがしてくれた

クロマトも、「ここに居ていい」と言ってくれて
私が利用するための家も建ててくれた
あまり人に好かれる性格じゃないのを自覚していたから
嬉しかった

肩の傷が治った頃
寝たきりを辞めて動き始めた

「名前は?」と聞かれたが
それは私にも分からないから
「ない」と答えたら
リリーが名前を考えてくれた
ちょっと待て、私はペットじゃないぞ
でも名前はないと困るもので
私は身を任せた

「イザベラ」
私はそう名付けられた
リリーが洋風な名前だから、
洋風な感じが良いのではないかとクロマトが提案し
最終的にリリーが決定した
この世界で洋風も何もあるものか、と思ったが
気に入った
うん、いいね
私は、イザベラ


【人間とは違ったとしても】


近くを探検してみたり
ここはクロマトの精神世界であることも深く学び
五感の共有方法もリリーから教わった
その頃になると
左の頭部に違和感を感じ始めた
なんか、ぼこぼこと凹凸ができてきた

頭部の傷も治っていたのだが
その凹凸は日に日に大きくなってきて
二人にも見せていたのだが
二人ともよく分からない様子
クロマトも調べてくれたがよく分からないという

まるで、永久歯に驚く子供のよう
ある日、それが4つの骨のようなもので
動物のツノみたいに生えてきていることがわかった
聞こえなかったはずの左耳も聞こえるようになった
耳は変わらずに無いんだけどね

それだけじゃない
どんどん感覚が過敏になっていく
クロマトと感覚共有するのがつらくなった
彼は彼で、外側では波乱の中
その苦痛が、私にはさらに増幅して届いてしまう


これは困った
ついには私の左頭部には
4つの立派なツノが生えていて
人ではなくなったような自己嫌悪と感覚過敏が襲う

そのストレスの誤魔化しからか
クロマトやリリーに強く当たることも増えてきたけど
二人はただ真っ直ぐに受け止めていた

彼の仕事にあれこれ指示したり
それでも二人はあまりに素直で純粋で
私の言うことを全部実行しようとするから負担になって
その度に申し訳なさも襲う

そんな日々の中で
絵描きであるクロマトが
休日に私の絵を描いてきた



どこか、スッと自分の中で解決した
どれだけ自分を客観視しても
それは主観的な客観
「こんな風に見えているのか」と納得した

「本当は怖いんじゃない?自分が」
「本当は不安なんじゃない?ここに居ること」
彼はそう私に聞くと
絵のタイトルを教えてくれた

「unbraver」
臆病な勇者、強がりな勇者、勇者じゃない勇者
uとnは、背中あわせの表裏世界という意味もあって
ずっと一緒にいるという気持ちと
「俺たちは思ってるよりちっぽけだ」という意味で小文字らしい
そんな意味を込めた造語だと言う

クロマトとリリーが微笑んで
私は、初めて泣いたかもしれない
悩んでいたこと、
全部飛び越えて二人には関係のないことだった
私を、私として見てくれていた

ただただ、謝りながら泣いた
仮に私が人じゃなかったとしても
どうでもいいこと
私が外側に存在しない者でも
どうでもいいこと

ずっとここに居ようと決意した
そして私が、二人を守る
「unbraver」として