『21gのモノローグ』 1.Episode of Lilly

【大嫌いな誕生日】


それは誕生日
それでもいつも通り
家の外に締め出された夜でした

私の名前はリリー
両親は、私が少しでも気に入らない行動をすると
いえ、気に入らない行動をしなくても
「しつけ」として暴力や暴言を私に向けました

私は泣き虫ですから
ひとたび泣くと
身ぐるみ剥がされて締め出されるのです
他人は見て見ぬふりをしますが
見られていることに恐怖しました

真っ白な冬の風は
この裸体を切っていきますが
今日は
目の前が真っ赤に染まり、熱かった

燃えていました
家が、燃えていました
形を成していない巨大な影が突然現れ
私の両親と家を焼き払い、炎の中で蠢いていました
それがこちらを向いた気がしたので
私は逃げました



何が起こったのか全くわからない
でも、次の餌食が私であることは
火を見るより明らかでした
何かを考えるより先に逃げていました
痣だらけの身体で
生ぬるい体温が脚を伝うのを感じながら
森に逃げ込みます

こんな恥ずかしい姿では
周りの家に助けを求めることもできません
子供の私は、草木に身を隠すのに丁度よく
怯えながら息を潜め
辺りを窺いました

そして、追ってきたその影の姿を見ると
何人もの両親がぐちゃぐちゃに融合したような姿で
恐ろしい化け物であることが一目でわかりました
私は自分の中で、その化け物を「死神」と名付けました

やがて死神が去り、呼吸を整えていくと
赤い光と喧騒が遠くにかすかに見え
なぜか安堵感を覚えました
寒さと恐怖で身体はおもちゃのように震えますが
どこか、解き放たれた感覚になりました

【逃亡生活】


死神の正体が何であるかわからない
でも、逃げないといけないことには変わりありません
森の奥へ奥へと進んでいくと
やがて夜が明け始めました

そっか、もうそんなに時間が。。。
木々が光に照らされ始め
周りが見えるようになると
1本の大きな木に
寄りかかるような子供の遺体がありました

私は、その子について想う間もなく
全ての衣服を奪い、着ました
下着に、汚れたシャツとセーター、羊毛のズボン
そして丈の長いダッフルコート
靴下も靴も、全部

失われた体温が戻ってきて我に返ると
自らに潜む冷酷さに恐怖しました
なんてひどく、醜いことでしょう
これでは、私も両親と同じ。。。
その寝顔は、私と同い年くらいでしょうか
私は身長が高かったので、サイズは合わないけど
そのきつさが、抱きしめられてるような錯覚になりました

暖かい陽光に泣き疲れて
その子の隣に寄り添い、謝罪しました
どこから来て、なんでこんなことに?
一晩中、寝ずに逃げていたので
私はその子と一緒に眠ることにしました
ごめんね、ごめんね、ありがとう

【動物の優しさ】


この森は
当たり前だけれど、自然界
たくさんの動物さんや、虫さんと関わる中で
お友達もたくさんできました

食べずに生きてはいけないけれど
面倒見の良い動物のお母さんに
私も子供として受け入れられたのでしょうか
ご飯を分けてくれる方々もいました

そのほとんどは、人間の食べるものではありません
ありがたくお世話になりながらも
私の身体はみるみる痩せ細っていきました
明らかな栄養失調で、あまり動けなくなってしまいました

私のお世話をしてくれていた野うさぎのお母さん
渡り鳥のお母さん
子供たちの面倒と両立させて
いつも通り私に葉や木の実や、幼虫を持ってきてくれました

心配そうに見つめる動物さんたちを見て
私は思ってしまったのです
(そうだ、殺して、食べなくちゃ)と

でも私には、私にはできませんでした
これ以上、心を失うのが怖くて
それなら餓死した方がマシだと思ったのです

孤独な暗闇

ある朝、目覚めました
覚ます目があることに驚く日々
その日は、起きると目の前に
宇宙のように暗い穴が空いていました
ブラックホールみたいな穴

それが何かはわからないけれど
現実なのか夢なのかわからないけど
全てを終わらせたかった私は、その穴に入りました

そっか、私はきっと
死んだんだね、今日、死んだんだね

その穴に入ると
真っ暗な部屋に居ました
誰も居ない、私しか居ない空間
これが、これが死後の世界なのでしょうか

ここではお腹も減らないし
喉も渇かないし、眠くもならない
そっか、やっぱり、死んだんだね
ひどい人生だった。。。

歩いてみても、声をあげてみても
何もない世界
「寂しい」と思う気持ちと
「もう帰りたくはない」という気持ちが混在していました

ひたすらに孤独で、何もない世界
されど喧騒からは隔離された世界
長く、長く、永い時間が流れていきました
ただただ、膝を抱えて、この空間に居るだけ
ずっと、ずっと、そこに居るだけ

そんな時間を過ごしているうちに
ある時、目の前が光に包まれました
久しぶりの光に、目が痛みましたが
身体が押し出されるような感覚に陥りました

【出会いの時】


気づくと私は、知らない空間に居ました
辺りは木々が生え、川のせせらぎが聞こえ
意図的に作ったかのように、小さな草原がありました

それだけではなく
私の視点が高いことに気づき
自分が成長していることにも気づきました

そしてその作られたような草原まで行くと
声が聞こえてきました
姿は見えませんが
「えっ、誰ですか?」と聞こえてきました

誰か居るんですか?と問いかけると
一人の青年が、何もない空間から現れました
私が驚いて声を上げると
彼は申し訳なさそうに「すいません」と言いました

お互いに目をまんまるにして
目に見えそうなくらい、頭に「??」が出ていました。

私が「ここはどこでしょうか?」と尋ねると
彼は「内側から声がしてびっくりして来た」と言います
全くどういうことかわかりませんが
久しぶりに人と話すので、いろんな質問をして
今に至ったのでした

【精神世界】

こんなふうに
まるで絵本の読み聞かせをするように
動揺して眠れない彼に私のことを話していたら
いつの間にか泣いていた
彼も泣いていた

どうやらここは、彼の心の中
しかも、私が最後に見たカレンダーは1999年の12月だったけど
彼が言うには「2014年の12月」だと言う
私は死んだんじゃなかったの?
あれから15年も時間が過ぎていたみたい

「何が何だかわからない」
「ここは現実じゃなくて俺の精神の場所」
そう彼は言うけれど
じゃあ私が現実だと思っていたものは何?
生きたまま私はここにきたの?
それとも死後の世界なの?
はたまた全く別の事象?

でも彼は彼で、こことは違う現実を生きているらしくて
何だか混ざるはずのなかった別世界の人間が出会ったような
よくわからないけれど、そんな感じなのかな

あれから15年経っているなら、私は27歳ということになる
彼は19歳だと言う
私が出てきた、あの宇宙のような穴はそのまま存在している

信じられるでしょうか
自分が今まで認識してきた現実が
もしかしたら誰かの精神世界だったかもしれない
自分が死んだのか生きているのかすらわからない

でもここでは同じように
お腹も減らないし眠くもならない
少なくとも、「違う法則の世界」であることはわかった

彼は、私がここで暮らせるように家を建ててくれた
それも魔法みたい、建築するんじゃなくて
一瞬でその場に家を作った
精神世界の中だから、強くイメージすれば可能らしい
互いに自己紹介をして、とりあえず感謝を伝えた

やっぱりここは、現実とは違う法則みたい
「身体が汚れてるし、綺麗にしたい」と思ったら
これもまた魔法みたいに綺麗になった
彼が悪い人ではないのがわかったので
建ててもらったその家で寝ることにした
そして今まで話してきた内容に至る

孤独同士、手を繋いで寝た
彼が私の小指をいじるので笑っちゃって、質問したら
彼は小指をすりすりするのが小さいときからの癖だという
私もタオルケットの洗濯表示のタグが好きだったから
同じようなものなのかな

なんだか、久しぶりに寝た
眠気を感じたい、寝たいと思ったら
眠気が来た
そっか、ここは本当にイメージで動く世界なんだ

多分、意味や理屈を考えちゃダメなんだ
お互い何者であっても
出会って、一緒にいる、それが全てなんだ

嬉しかったのは
「泣くな」と言われなかったこと
「泣いてしまうほどの歴史を俺は讃えたい」と言ってくれたこと
「ずっとここに居て大丈夫」と言ってくれたこと
あと、いろんな衣服を用意してくれたこと
ますます私は泣いた

【道の駅】

彼と直接触れてから
彼の見ている世界が映像として見られるようになった
帰ってくるのは寝るときくらい
でも、会話はいつでも交わせる不思議な感覚
何を見て、何に感動し、何に傷ついたのか
プライバシーには配慮しながら、
「外の世界」を覗いてみる生活が始まった

彼は絵描きで
いろんな絵を見せてもらった
悲しいことを話そうとはしない人だけど
絵を見たら何となくわかってしまった
彼も苦しんできたのだと

そして、私と出会って真っ先に
私の絵を描いてくれた
モノクロだけど、右目が青く描かれていて
どこか優しさに溢れた絵
なぜ右目が青く描かれているのかを聞いたら
「自分の内側に迎え入れた人の証」だそう

「この人は信頼できる」と深く感じた瞬間だった
外の世界を見ていて、彼も苦しんでいるのに
ここに帰って来るといつも笑ってる
私は全部わかってるのに

私がここに来た時の穴はそのままで
そこから知らない人がたくさん来るようになった
それと同時に、別にもう一つ
その宇宙のような穴ができた

ここに来る人は十人十色
言葉を話せない人もいれば、人間とは少し違う人もいる
私が来た穴から人が来て、新しくできた穴へ出て行く
そんなことが度々起こるようになった

「ここを道の駅みたいな使い方できないかな?」と彼が提案した
え、ちょっと受け容れが早くない?
最初はあんなに驚いていたのに
私まだちょっと頭が追いついてないんだけど。。。

そう言うと彼は、もう一つ家を建てた
「ここをお客さんに利用してもらうの!」
「リリーのような理由の人もいるだろうからね!」
また、思わず笑っちゃった
まるで子供のような人
なんでもやっちゃうんだね

もしかしたら、みんな誰かの精神の中で生きていて
神様とか、そう思っている存在は外側の人なのかも
もしかしたら、私の中にもマトリョーシカみたいに。。。
でもその神様みたいな存在が
痛みを知っているのにこんなに無邪気な彼なら
私はずっとここに居たいなと思った

それからは二人で
ここに来た人への休憩の案内をしたり
彼は彼で、来た人をイメージした絵を描くようになった

【破壊、崩壊】

彼は外で仕事をして
私は自分の家のお花のお世話をしていた
これも全部、彼が用意してくれた安らぎの空間
でもその日、急に辺りが暗くなった
夕立の前みたいな世界

嫌な予感がして、慌てて外の世界を覗いてみたら
彼が会社で、ひどい言葉で罵られていた
その瞬間に雷が近くに落ちた
なんだろう、なんだろう
この恐怖感、そうだ、私は、そうだ
逃げていたんだ、ずっと

空気中に細かい黒い粒が現れ
それが一つに固まっていき、姿を現した
そう、あの時の化け物
「死神」が

彼もここに急いで帰ってきた
目を見開いて、二人で恐怖した
ここも、見つかってしまうの?
私たちに安寧は与えられないの?

あの時と同じ、両親が何人もぐちゃぐちゃに融合した姿
でも彼には、違う姿に見えているらしい
たくさんの目玉、二つの顔、大きな鎌
全く違う特徴を悲鳴のように叫んで私に伝えた

あなたは何なの!?
お父さん?お母さん?
それとも他の何かなの?
何で追いかけてくるの?

死神が口を開く

男性と女性の声が同時に同じ言葉を発する
「こんな場所にいたとは。。。」
「私が何者かわかるか」
「私は、お前だよ、リリー」
「私は、お前の呪いの感情」
「お前の心からの望みをただ、果たしたんだよ」
「また同じ存在になろう、元々一緒だったのだから」
「人間が嫌いだろう、人間など、一緒に破壊しよう」

確かに私は毎日虐待を受けていたけど
そんなの望んでない。。。!
そんなの望んでない。。。!

本当に望んでない。。。?
もしかしたら、望んで、いたかも。。。

死神は一瞬で私の背後に移動し
背中から抱きつかれた
青い花びらが、どこからか舞っている
歯止めの効かない黒が、闇が、身体を支配していく

私は、私はどうなるの。。。
後頭部から脳を掴まれるような感覚がした

そこで意識が飛んだ